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考える

雑記

「お前のせいで音楽業界が腐る」

 

 生大豆過激派の人間に殴られる豆腐屋のような気持ちだ。

 

 一定数、流行りとか世間のノリとかに上手く折り合いがつけられない人間がいる。俺とかそう。野球部がテレビ番組で流行っている一発屋のモノマネしてるのを、胃を痛めながらなんとかやっと苦笑いしていたヤツ。文化祭の打ち上げでカラオケに行っても何歌えばいいのかわからないから廊下で話してて店員に怒られるヤツ。そういうヤツ。

 別によく考えずに、テレビから与えられたもの、流行っているものを素直に「これは良いものなんだなあ」と受け止めて楽しんでいれば随分過ごしやすいんだろうけど、心の底のどっかで「くだんね」って何かが沸き上がってきて、そうなるとプールでおぼれ鼻に水が入ったみたいにキツくなる。仲良かった友達がそうやって言ってた。賢いやつだった。

 別に、そんなに嫌ならテレビを捨てればいいし家から出なければいい。それで済む。と、言うのもそれはそれで正しいんだけれど、自分がどうも好きになれないものとか、心底くだらないと思っているものが世の中にのさばっていると無意識に人格否定されているような気になるのだ。実際のところテレビを持ってないし気の合う人間以外とは全力で接触しないように暮らしているけれどそれでも迫害意識は薄まらないばかりか、むしろ隔離施設にぶち込まれたようで一層濃くなっている。

 別に世のため人のため、大義のため。そんな大それたこと思ったことはないが、俺が「こういうの嫌だ」と思ったからその嫌な気持ちをできるだけ人がわかる形に成型していやだいやだと言っている。これはテレビとか広告とかに「いいよこれいいよ」と不快な何かを顔中に塗りたくられるのと同じだ。いや押し付けないだけ俺のほうがマシ。顔の前に差し出すだけだ。

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 しかしマスは強い。金も既得権益もある。いくらネットで個人の発信力が~とかそういうこと言ったって、テレビとか雑誌とか資本とかに人間一人で殴り合うのは無理がある。メジャーレーベルに脅迫じみたこと言われたこともある。

 グーズハウスなんか、YouTubeで歌ってみた動画を誤クリックさせるのをもう何年もやっているし、ツイッターの人気者バンドもワンオクの弟もハリボテの話題性バンドも、手段を択ばずにそういう広告戦略で自陣を広げている。

 そういう強いものに対して、真摯にやってるバンドとか、ただカッコイイだけのバンドは弱い。派手でわかりやすいものがウケる。俺とかこれをここまで読んでしまうようなあなたのような、偏屈の考え症が世の中の大多数なら俺たちの好きなものがカッコイイと思うものがきっとウケるんだけど、そうじゃないから。世の中の人はもっとピュアで素直で無関心だから。

 だから音楽の一部分でも俺の息しやすいように腐ってくれるならそれは願ったり叶ったりで、さながら今の気持ちはスターリンとかカストロや豆腐職人です。

 その腐敗が気に入らない人もまあ、いるでしょう。おかしいのはこっちなんだから多数決で言えば。そりゃいるでしょう。

 別にそれは俺が人の曲聴いて「好き」とか「嫌い」とか「嫌いだけど面白い」とか、そういうことを言うのと同じだ。それ自体は良い。良いというか、ただの意見だ。良いも悪いもない。

 

 でもやり方が下手だ。好きなものを貶す奴が出てきて腹が立つのはわかるけど、そこで俺に対する反感をまとめたり、俺に関心のある人にそれを見せたりしたって、なんかダサいっていうか、チープっていうか、急に同意を得られないものになってしまう。「こいつ俺の好きなバンド嫌いっていうからやだ」ならある程度同意を得られるけど、そこに「こいつの意見には公平性がない」「主観でしかない」「文がサムい」とかそやって無理矢理理由を持ってくるから説得力がなくなっていく。素直にしたほうが何倍もいい。バンドも同じなんだけど、人間は"ダサい"が嫌いだからダサいだけで話も聴いてくれなくなる。

 なんか俺に文句言う人がいると、大衆意識としてやっぱり盛り上がるところもあるからどんどん来たらいい。エゴの通し合いで、遠巻きから見てる人も関心が増すだろうし、ちゃんとモノ言えば両方の主張がそれなりに通る。

 でもなんかさっき言ったみたいなやり方じゃ、無意味に反感を買う。また一方的に「お前なんなん」とみんなに言われて鍵かけて、たまに開けて嚙みついてみて、ブロックされまくって凍結して「あいつの周りは宗教だ」みたいな、そういう風に怒りが腐っていく。フラストレーションのサイクルだ。それに何があるというのか。モグラたたきみたいだ。

「石左教じゃん」

 と言われたが、石左教なら全然やりやすいんだけど偏屈なやつにしか共感されないから、ちょっと間違ったこと言うと袋叩きに遭うし、俺が「いいな」と思ったバンドも、すげえ反応あるときとガンスルーのときで結果が画一化されない。全然妄信してくれない。バンドとか芸能人とかのほうがよっぽど宗教だ。やりやすそうだなあ、って羨ましがって見てる。カズレーザーみたいになりたい。

 好きにするのでそっちも好きにしたらいい。でも面白いやり方でやってほしいよ。そっちもウェブメディア作るとか、サービス作るとか、バンドやるとか。そういう。そしたらお互い様だ。

 みんなダサいのは嫌いだけど、面白いのは好きみたいだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが言うようにあなたが賢いのなら、なぜあなたは相手の事情を考慮できないのでしょうか

 その分野の入門者向けに、難しい話を避けて基本的な解説記事みたいなのを書くと、自称詳しいやつがどこからともなく現れ

「こんな低レベルなこと言ってて草」「無知のくせに声がでかい」「内容が浅すぎる、やり直し」「死ね」

などの、ありがたいお言葉を賜ることがある。

 そういった方のプロフィールを覗くと、大学名とかキャリアとか崇高な音楽ブログのURL(更新は8カ月前が最後で上の方に謎の広告が出てる)とかが掲げてある。これとは全く関係ない話だが、宝飾品などのアクセサリーをたくさん身に着ける人は自己肯定感が低く自らに著しく自身がなく、故に威圧的だったり攻撃的な態度に出やすい傾向にあるそうだ。まったく関係ない話だが。

 

 そんなに賢くて素敵なみなさんが、なぜ「入門者向け」という前提を無視して専門的説明を求めるのか。なぜみなさん向けの内容ではない、ということに気が付かないのか。

 こういったケースに出くわすといつも以下のような状況が脳裏に浮かぶ。

 

 場所は小学校、今日は授業参観で教室では四年生たちが算数の授業を受けている。

 当然、生徒の理解度はまちまちであり、算数が得意な子も苦手な子もいる。先生はその全員が理解できるように、興味をもって授業に取り組めるように工夫を凝らして授業を進めている。

 そこに突然偏差値46の理系大学生たちが乱入。小学校教諭を殴打。

「こんな低レベルなこと言ってて草」「無知のくせに声がでかい」「内容が浅すぎる、やり直し」「死ね」

 と騒ぎ立てる。さらには

「1袋にリンゴ3個入りなんて売り方今日日見たことない」

「摩擦係数も計算しろ」

「この兄弟はなぜ完全に一定の速度で移動できるんだ?」

と小学生に詰め寄る。

 

 父母たちも上の突っ込みどころには気が付いているが、わざわざ口にはださないわけですよ。だって、そんなこと言い出しても話がややこしくなるだけだから。

 この理系大学生たちもそんなこと心のどこかでわかっているはずなのに、なぜこういうことを言い出すかと言えば、自己顕示の一言に尽きるんじゃないかと。もしくは教員採用試験に落ちた逆恨みかなと。

 

 小学校教師に例えると「お前は教員免許なんか持ってないだろ」みたいな揚げ足をとられそうだし、僕も自分の事をそんな大層な人間だとは思っていないけれどこれ以外に面白い例えがなかったので小学校教師の例えを採用しました。

 なぜこういうことを最後に付け加えるかと言うと、こう書いとかないと絶対何者か怖いオタクに上げた足を取られるからです。そのくらいインターネットは息苦しい場所になったみたいです。ホントは黙っているのが一番カシコイ。

 

 それでは。

 

 

Feel like/ムーンソング 追記

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 しかしまた逆に、Feel likeで海外のみなさんが沸きたつ姿は想像つかない。

 

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 前にも引き合いに出したが、今年の洋楽シーンにおいて一番の爆発を見せたTHE 1975の影が、映像的な部分やセンス的な部分でやっぱりちょっとチラつく。チラつくのは良い。洋楽は10年から5年遅れて邦楽に輸入されると言われる中で、今現在の洋楽シーンの要素をタイムラグほぼなしで国内に引っ張ってきて評価を得られるのであれば、国内の音楽の進歩を5~10年早めたということになる。

 けど1975の良さってあのポップな曲調でシニカルでパンキッシュな歌詞だったり、キャラだったり、スキャットみたいな歌い方だったり、予想がつかない音楽性だったり、そういう部分が海外でウケているのであって、Feel likeみたいな単純に小奇麗でポップな曲では日本人という様々な不利を跳ね返してまで海外で評価を得ないんじゃないかなと思う。

 最近の宇多田が国内向けに曲作ったら急に海外で爆売れした例もある。ドロスの今作もガンガンに洋楽調で作ったら逆に日本人にバカウケ!みたいなことになったら面白いよね。

 宇多田やようぺのようなスターでも、意外と物事は思った通りに運ばないらしい。

10/17 カラスとダンス

 最近うちのゴミ捨て場でカラスをよく見かける。

 あまり知られていないが、都会のカラスはハシブトガラスといって肉付きが良く、捕って食えばそこそこ美味しいらしい。

 そういえば、アグネスチャンもテレビで言っていた。日本に来た時ハトがポッポッポと街を闊歩している姿にとても驚いたと。中国ではハトは高級食材らしい。僕らで言えばタラバガニが歩き回っているような状態か。

 ハト、ネコ、といった街で見かける野生生物が僕はとても好きで、虫ほど小さくはないし見た目もかわいい、何より直接攻撃等に打って出てこない。

 見かけたところで何をするわけでもないが何かちょっとしたラッキーを感じる。そういう存在として受け止めている。が、カラス。お前らは何だ。

 デザインはかわいいと思う。黒猫みたいだし。ゴミ収集業者の皆さんにとっては手を焼く迷惑な存在かもしれないが、僕に直接的な害をもたらしたこともない。

 許せないのは態度である。

 僕が玄関を出ると門前でゴミを漁るカラスに毎朝出くわす。そうするとチラりとこっちを見てから

「なんだ、お前か」

みたいな顔でまたゴミを漁る。嫁かお前は。

 やつらは人間の無害性に安心しきっている。「どうせ人間はなにもしてこない」「なんなら俺たちのことを恐れている」ぐらいに思っている顔。

 それと比べればハトやネコには人間に対する警戒や不信がある。その人類に対する不信と孤高と甘えのバランスがかわいい。

 対してカラスたちの目の奥のバランスと言えば舐め100%。真横を通り過ぎてもこちらを見る様子すらない。

 正しい夫婦仲の為に、そういうぬるま湯のような関係は正さねばならない。

 そう思った僕は、安心に浸かりきった顔でゴミを漁るカラスの背後に思いっきり威嚇をした。

 響き渡る「オラア!!」という怒号。慌てふためくカラスたち。そして僕らの姿を眺めるお隣さん。

 そんな感じでした今日は。恥ずかしいからもう寝ます。おやすみ。

 

 

 

 

10月14日

 打ち合わせがあった。渋谷だった。生まれて初めてウマくない焼肉を食った。

 その後ライブハウスにギターを届け、そのままライブを見た。ここ半年ずっと見ていたバンドで、ちょっとづつお客様がついて、当日で何枚か売れて、知らない人も見に来てくれて、なんだかちょっとだけだけど涙腺に来てしまった。

 その後そのままの流れで飲み始めて、王将で瓶ビールの並びを眺めた辺りから憶えてない。次のシーンは失神から目が覚めて路上で何かに怒っていた。

 深夜4時過ぎ、流れるシュプリームスを聴きながら踊っていたら、何か誰かが揉めたのか揉めてないのか訳も分からず追い出された。スポーティに白青赤のジャージで身を固めたデブが怒っていた。アメリカの相撲部屋みたいだった。

 友人に恵まれたので始発まで缶を持ち続けていたら財布の中身もなくなり、金を下すべくATMを叩いたのだけど願った紙幣は顔を見せず「残金が足りません」とゴシック体で僕にそう告げた。

 僕は日本語が読めるので一通り笑った後泣きそうになった。今日は14日だぞと。

 真面目に働いていた頃の貯蓄は、さながら一杯目の生のように飲み干してしまったらしい。もっと働かねば。

 こんなに金がないのは初めてだと思ったが、思い返せば大学時代はもっと金がなかったが、それなりに幸せだった。要は生活水準と幸福水準なのか。

 稼ごうと思った。僕の水準で人に迷惑はかけたくはない。